年記のある最古の作品は{版画・芸術・作品}

1423年のもので、種々の状況から考えて14世紀末には木版画はかなり成熟していたものと思われる。

興味深いのは、初期の木版画は西洋の場合も信仰と関連して発達したことである。

キリスト、聖母、聖者たちの像を表したもので、多くは修道院などでつくられ、火災、盗難、疫病などの予防のために庶民の家の戸口や家具などに貼(は)られた。

15世紀中葉以降、木版本や活字本の発達に伴いその挿絵に木版画が多用され、また愛好家を対象とする魅力的な作品も登場し、制作も修道僧から職人の手に移った。

ギルド制度の確立していたヨーロッパでは、銅版画師は金工師のギルドに、木版画師は大工のギルドに属した。

15世紀後半の一時期、金工師の領域から、錫などの軟質の金属に種々の形の鏨で画像を打ち出し、凸版法によって刷り出す装飾的傾向の強い版画流行したが、16世紀を待たず急速に廃れた。概して庶民的な芸術であった木版画に高い芸術的表現を与えたのは、ドイツ・ルネサンスの巨匠デューラーであった。

彼は15世紀末から『キリストの受難(大受難)』『黙示録』『聖母の生涯』などの連作をはじめ優れた木版画の制作を重ね、それらの作品はヨーロッパ各地に大きな影響を及ぼし、16世紀におけるドイツを中心とする木版画隆盛の契機となった。

ハンス・バルドゥング・グリーン、ルーカス・クラナハ・父、アルブレヒト・アルトドルファー、ハンス・ホルバイン・子、ネーデルラントのルーカス・ファン・ライデンらが16世紀の代表的な木版画家である。

イタリアではヤコポ・デ・バルバーリやティツィアーノによって、複数の木版を用いた非常に大型の作品がいくつか生み出されている。

銅版画と違い、下絵の線を彫り残す間接的彫版の木版画では、デューラー以来画家による下絵に基づいて専業の彫師が製版するのが普通であった。
update:2010年02月25日